グローバル化したネット社会を生き抜くための教育

「グローバル化の中で生き抜くための学力向上を目指す」

これは、現政権が掲げる教育目標です。

グローバル化は、今や社会を生き抜くために不可欠な能力の条件だといってよいでしょう。

文塾では開校以来、ずっとこのことを訴え続けてきました。

「海外のことを知らないと、八百屋の経営もおぼつかない」

以前、このブログでもご紹介しました。

日本の中のことだけを考えていたのでは、生き残れないかもしれない、ということでしょうか。

例えば私たちの生活を見回しても、スマホから衣類や食料品まで、輸入していないモノはないくらいです。会社に勤めれば、出張はもとより、海外勤務も珍しくなくなりました。新聞やテレビでは、外国の政治や経済について、報道されない日はありません。

それでは、教育の現場ではどうでしょう。

小・中・高等学校の授業や教科書の内容は、この30年間、大きくは変わっていません。(例えば国語教科書に載っている定番小説に変化はありません。「国語教科書の闇」川島幸希・新潮新書)

劇的ともいえる社会の変革に対応することが、その目的のひとつでもあった「ゆとり教育」は、結局中途半端で終わってしまいました。現在は、一層の知識詰め込み教育に戻されています。

世界には様々な歴史や文化をもつ国々や民族が共存しています。我々はこのような人々とうまくおつき合いし、時にはTPP交渉のように、難しい議論もこなしていかなければなりません。そのためには、外国語の習得だけでなく、ベースとなるコミュニケーション能力や、論理的思考能力が欠かせません。

以前から申し上げているように、現代では、予め「答えのある問題」をどのように解いていくか、といういわば標準化された眼に「見える学力」よりも、「答えのない問題」にどう立ち向かい、その課題をどう解決していくか、という「見えない学力」が問われています。

従来の受験勉強では「答えのある問題」、少なくとも大人がかくあるべしとして、答えを求める限定された「見える学力」が中心でした。

しかし、これは相手の反応が想定されやすい、日本人同士の場合にのみ有効な力といえるでしょう。世界が相手となると、「日本社会の常識」だけでは通用しません。

このような事態にも拘らず、教育の現場では、昔ながらの受験体制による「見える学力」の習得が大勢を占めています。過去に出題された問題の反復練習で、傾向と対策をはかるだけです。これまで馴染んできた「答えのある問題」への対応力のみが、依然として試されているのです。

もちろん、「答えのない問題」に立ち向かうには、計算力や教科書の暗記も重要かもしれません。しかし、その部分だけに捕われていて「答えのある=見える学力」だけで競い合うばかりで、グローバル化した時代を生き抜いていけるのでしょうか。

文塾では、答えのない問題に立ち向かう「考える力」、「知識を活用する力」、「自分の考えを的確に表現する力」を重視しています。

これからのグローバル&ネット社会に必要な力とは、新聞を読んで世界を知り、分析し、テキスト(作文)化する能力です。

塾長 の紹介

1957年東京生まれ。1981年早稲田大学第二文学部卒業。 医学雑誌編集記者、技術系出版社を経て、1991年より学習塾「自由学舎」(東京都目黒区)の専任講師。2008年新聞記事を題材に作文をする塾「文塾」を立川市に開設。 小・中・高校・大学受験の指導だけでなく、不登校児の学習支援や野外活動指導員としての実績を持つ。
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