親と子のプラモ教室

親と子のプラモ教室 第二回、来る3月27日(土)に開催致します。

時間は13:00~17:00。参加費は親子二名で飛行機のプラモデルが一個付属して1,500円です。親子12組24名先着順。電話で受け付けております。振ってご参加下さい。

今回は、かつて日本が世界に誇った零式艦上戦闘機(ゼロ戦)です。皇紀2600年を記念してゼロ戦なんだそうです(笑)。なんでまた文塾がプラモなんでぇい?と訝る方もいらっしゃるかと思われますが、これには塾長、少々こだわりがあります。

以前、私は技術関連図書の編集者をしておりました。毎日会うのは日本のメーカーの研究、開発、設計担当者。それに大学の先生方でした。みな第一線で活躍しておられる優秀な方々ばかり。自動車や電子機器、産業用ロボット等日本が世界に誇る物作りをトップで牽引しているエンジニアたちでありました。こうした経験から、やはりメーカーは日本企業の要で如何に大切であるか、ということを再認識させられた訳です。

明治以降、資源の乏しい日本の成長は、その全てが物作りにかかっていたと云っても過言ではありますまい(今も変わりませんが)。そして日進月歩のその歴史は、写真や映像とプラモデルくらいでしか残されていません。ゼロ戦も、人殺しの機械に他なりませんが、それでも長い日本の物作りの伝統をその優秀さという点で、象徴していたのではないかと思います。どれくらい長いかというと、明治以降と云いましたが、それ以前の江戸期より遥か昔に遡ることができます。私は学生時代に日本の仏像彫刻の勉強をしていました。その歴史は今から1400年くらい前に始まります。また江戸専門家の田中優子氏によると、平和なパックス・トクガワーナ260年間は、職人の時代であったといいます。これは西洋でも中国でもあり得ない時代でした。例えば、先の仏像彫刻の流れを汲む江戸期のからくり人形作りの職人たちが、明治になって時計や精密機械工業の分野にそのまま移り近年に繋がっているのです。また、ポルトガル伝来とされる鉄砲も、日本の刀鍛冶は中国経由で種子島以前に知っていたという研究もあります(もののけ姫!)。さらに大名の中には、自分で刀を作ってしまった殿様までいました。朝鮮出兵の折、彼の地から連れて来られた陶工たちをたいへん大切にし、世界に誇る焼き物の名産地も生まれています。

このような日本人の物作りを大切にする伝統について、残念ながら今の学校の先生方はなかなか語ってくれません。相変わらず学生たちは「就職するなら金融や保険のほうが初任給が上だよ・・」なんて言われているようです。しかし、物作りの素晴らしい伝統にも触れて欲しい、という民族の切ない願い(笑)が塾長にはあるのです。

塾長 の紹介

1957年東京生まれ。1981年早稲田大学第二文学部卒業。 医学雑誌編集記者、技術系出版社を経て、1991年より学習塾「自由学舎」(東京都目黒区)の専任講師。2008年新聞記事を題材に作文をする塾「文塾」を立川市に開設。 小・中・高校・大学受験の指導だけでなく、不登校児の学習支援や野外活動指導員としての実績を持つ。
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